担当宣教師 黄敬秀(ファン ギョンス)プロフィール

2001年

2001-2010年

2010年

2010-2012年

2012-2014年

 

2014年7月

 

2014年12月

2015年3月

韓国高麗神学大学院(高神)卒業

大韓イエス長老会(高神慶南老会)ミルアル教会副牧師

高神総会宣教部(KPM)の宣教師として来日

東京福生長老教会(単立)協力宣教師

神戸改革派神学校特別研究生として学び、

2013年12月、中部中会協力宣教師として認められる

中部中会協力宣教師就職 

又、中部中会において日韓協力開拓伝道

長久手教会担当宣教師となる

長久手教会担当宣教師の働きを始める


私は、4代目のクリスチャンとして信仰をもって生きてきましたが、自分が神様の前にどのように生きるべきかを知らないで、青年時代まで生きていました。

私の思春期は孤独な自分との戦いでした。その時、私は社会性も不足しており、懐疑的で閉鎖的でした。その理由は性格が内向的で自分の生きる意味をも見つけられなかったからです。私は10代後半に最初の転期を経験しました。受身的だった人生が自律的に変わりました。生きることの意味を気づき、なぜ、自分がこの時代、この社会に存在しているかという理由を知り悟るようになりました。イエス・キリストとの根源的人格的な出会いを通してそれを悟らされました。

“見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。”(ヨハネ黙示録3:20)との御言葉を聞くことによって与えられたのです。

それ以来イエス・キリストが誰なのかをもっと知りたいと探し始めました。イエス・キリストのことをもっと知りたい人に、またイエス・キリストを知らない人に伝えたいと考えるようになり、20代後半に神学校に行くことにしました。2001年、神学校を卒業した後、副牧師として牧会のことを学びながら日本宣教を目指し、いろんな宣教訓練を受けました。2010年、宣教師になって日本に来ました。東京の福生長老教会の協力宣教師として、日本での最初の働きを2年間しました。その間、日本語と日本文化の事を学び、イエス・キリストが日本人を愛しておられることを気づかされ、もっともっと日本の人にキリストの愛を伝えたいと考えました。そのためには、もっと訓練を受ける必要があると考え、神戸改革派神学校での学びを始めることにしました。

“人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる。”(箴言16:9

そのような私に3度目の転期が訪れました。2年間の神戸の生活の中で、創造主である神様の導きにより、長久手教会の担当宣教師として働くことになりました。私がキリストに愛されているように、日本の皆様もキリストに愛されています。そのキリストの愛、神の恵みと導きの素晴らしさを、長久手教会で伝えたいのです。

 

私と共にイエス・キリストに会いませんか。